大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和57年(く)42号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は、申立人ら共同作成名義の「抗告状(即時抗告)」と題する書面に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は要するに、

一  原決定は、名古屋地方裁判所裁判官Aが、昭和五七年五月二六日その担当する頭書被告事件について検証をした際、同被告事件の弁護人である申立人内藤義三の要求に応じて二度走行テストを行ったとして、それを忌避申立の却下理由としているが、同裁判官が同弁護人の要求に応じて二度走行テストを行った事実は存在しない。右事実が存在する旨の記載がされている検証調書については、同弁護人から調書の記載に対する異議の申立をしており、右異議については結論が出ておらず、同調書は証拠調べもなされていない。かかる場合には、この点について証拠調べをしたうえで審理判断をすべきであるのに、原裁判所はこれをしないで前記判断をしたのであるから、原決定は違法である。

二  原決定は、「当該手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえない」旨の判例を引用して本件申立を却下しているが、右判例は明らかに本件とは異なる事案に関するものであり、本件忌避の申立は、それだけではなく、それ以外にも同裁判官が種々異常な言動を示していることを理由とするものである。すなわち、同裁判官が(1)具体的な訴訟指揮以外の点においても「被告人が無罪になるのは弁護人が悪いからだ」などと発言し、(2)本件被告事件での打合せの際、同弁護人の発言に対しても「前にもおかしな弁護士がいて、そんなことを言っていたが」などと発言し、(3)裁判官室等の雑談でも同弁護人の主張を無視する態度を示していたことを忌避理由の重要な一環とするものである。これら訴訟手続以外の行動を理由にする忌避事由の存否の判断については、当然一件記録からはその事実の判断ができないのであるから、その点について証拠調べを行ったうえで判断すべきであったのに、原裁判所は必要な証拠調べ(申立人らが請求した七月二九日付け証拠申請書参照)を行わず、誤った判断をしたものである。

右理由により原決定を破棄し、本件忌避申立を認容する決定を求めるというのである。

よって記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。

所論一については、原決定が本件忌避の申立を却下した理由は、A裁判官が本件検証の際に走行テストを二度行ったことを直接の理由とするものではなく、元来、裁判官の忌避の制度は、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によってはその事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とするものであって、その手続内における審理の方法、態度などは、そただけでは直ちに忌避の理由となしえない(最高裁昭和四八年(し)の第六六号、同年一〇月八日第一小法廷決定)ところ、本件忌避の申立は、結局A裁判官の検証の方法、態度などを論難するに尽きるものであるから、右申立は理由がなく、同裁判官において弁護人の求める再度のテストを行わなかったことが不適切な措置であると断ずることもできないというものであることは、原決定書の記載に徴し明らかである。

ところで、申立人らの主張する本件忌避申立の主要な理由は、右検証の際の同裁判官の検証の方法及び態度に由来するものであることが本件忌避申立についての理由補充書並びに本件検証調書によって明らかであり、右のような事由は、本来当該訴訟手続内において適法な不服申立等の方法によりこれに対する救済を求めるべきことがらであって、原決定が説示するとおりそれだけでは直ちに忌避の理由となしえないのであるから、本件において、所論のように同裁判官が走行テストを二度行ったか否かに関して証拠調べを行い事実を判断する必要はないというべきである。従って、原決定には所論主張のような違法は存しない。

所論二については、本件忌避申立理由中所論指摘の(1)ないし(3)の諸点は、それ自体当該言動が行われた日時、その際の具体的状況などを客観的に忌避の原因となりうる程度に示しておらず、かつ、刑訴規則九条三項の定める疎明を欠くものである。しかも、右各事由も、その主張に徴すると結局本件被告事件についての打合せなどの手続におけるA裁判官の弁護人に対する応対を含め広い意味での審理の態度などを非難することに帰着するものと認められるのである。なお、忌避申立事件は決定手続であり、書面審理を主とするのであるから、記録に記載のないことがらについては、申立人らにおいてまず必要と認める疎明資料を提出すべきであり、原審に証人尋問の申請をしたことをもってその義務を果たしたものとはいえない。従って、右(1)ないし(3)の諸点は忌避理由の主張として不適法であるかあるいは理由がないものであって、この点に関する原審の措置および判断に所論のような誤りは認められない。

その他一件記録並びに申立人ら提出の資料を調査しても、同裁判官が本件被告事件について不公平な裁判をする虞れがあることは認められない。論旨は理由がない。

よって、本件即時抗告は理由がないから、刑訴法四二六条一項によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 河合長志 鈴木之夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例